環境・社会への取り組み:住江織物グループCSRレポート

特集

特集:丹後で受け継がれる手織り技術

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1883年 創業者村田伝七が始めた手織りの伝統技術を、未来へ

1947年、住江織物の手織緞通製造を担う網野工場としてスタートした丹後テクスタイル(株)。

東京歌舞伎座の綴織緞帳や豊明殿の手織緞通をはじめ、住江織物の歴史に残る数々の象徴的なプロジェクトを遂行してきました。やがて時代とともに、その需要は減少。職人も少なくなりましたが、手織りの技術は受け継がれ、伝統を重んじるお客様からのご依頼に応え続けています。

そんなモノづくりの精神が今もなお息づく丹後テクスタイル(株)へ、住江織物のルーツを求めて訪れました。

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長い時をかけて、織物は育まれる

丹後テクスタイル(株)は大阪から電車で約3時間、緑豊かな京都府京丹後市にあります。

まずは製造現場の見学。別注の敷物としてつくられる丹後緞通は、敷物のなかでも一番自由度が高く、色数や大きさなどの幅が広いのが特徴です。綴織緞帳は、ビームと呼ばれる経糸(たていと)を巻く芯を用いて、日本最大の33mの緞帳を織ることができます。主に国立劇場や文化ホールなど、多くの人の目に触れる場所に納品されています。「経糸(たていと)と緯糸(よこいと)があるのが織物の定義なんです。フック織物はU字に押し込むのに対して綴織は経糸(たていと)に緯糸(よこいと)を通しています。」とのこと。手織緞通は、経糸(たていと)にパイル糸を結び付ける手法で、ドット状の結び目で絵柄を表現します。8の字に結んではカット、8の字に結んではカット…を繰り返す、非常に根気が求められるものでした。単純な作業のように見えますが、コツをつかむには数年は必要であり、何十年と手掛けていても新たな発見があるとのこと。

長い時間と労力をかけて育まれる技術。そこから生み出される織物も、少しずつ育まれるように丹精を込めてつくっていることを知りました。

写真:丹後緞通

【丹後緞通】
枠に貼られた基布にフックガンという器具でU字型に押し込むように植え付けるので『フック緞通』とも言われる。手織緞通(堺式緞通)の伝統を汲む技術を取り入れ、手織りの風合いを持ち、豪華さ、重厚感がある。

写真:綴織緞帳

【綴織緞帳】
豪華さ、重厚感、風格において他の追随を許さない、美術織物の最高峰。経糸(たていと)に沿って把釣目(はつりめ)という間隔が緯糸(よこいと)の折り返しによって生じるのが大きな特徴。

写真:手織緞通

【手織緞通】
前後2本の経糸(たていと)にパイル糸を8の字に1本1本結んでいく。ペルシャ絨毯と同じ手法。高価なため、美術工芸としての意味合いが強い。

手織物だから世の中に提供できる価値がある

「手織りは一つとして同じものがありません。作り手が違えば、その人の味わいがある商品ができるのです。」と手織りの魅力について代表は語ります。「作り手の想いが込められていて温かみがありますね。」

製造現場を見学し、一番印象的だったのが手織りの大変さ。1本1本手で織られ、素人からすると気が遠くなるような作業です。製造のリードタイムが非常に長く、1968年新宮殿内の豊明殿(915㎡)に敷かれた手織緞通は、約1万人がかりで9か月にわたって製造されたもの。「これだけ手間暇かけているものなので、大切に使っていただけるんです。」モノとしての価値から、精神的な価値へ。使い捨てが当たり前の現代において、手織物はモノを大事にする精神を伝える役割を果たしているのかもしれません。

一方で課題となっているのが、若手への技術継承。近年、新たな人材を採用し、貴重な技術を後世に伝えているとのこと。また、企業として継続していくには利益確保も必要。時代の流れのなかで、手織り以外にハンドフックによる製造も行うようになったのが一つ目のターニングポイント。二つ目はロボットによる自動生産を可能としたこと。それでも徐々に需要が減っているなかで、第三のターニングポイントを模索中とのこと。

「旧態依然ではいずれ廃れてしまう。基本の技術は変わらないなかでも、業務効率化や+αの技術開発、付加価値の創造などで手を打とうとしています。」

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ここでしか果たせない使命がある

職人のほとんどは女性。現在職人として働く3名にやりがいについて聞いたところ、別注担当の大垣は「自分が手掛けたものがテレビに映ったことがありますよ。まわりに話したら『すごいね!』と言われるのが嬉しくて(笑)。」

緞帳担当の森田も「私も同じです。国立劇場に納めた緞帳は、多くの観客の目に触れますし。」緞通担当の小倉は「量産はできないのですが、宮内庁や国会議事堂といった重要な場所で使われますよ。」とのこと。作っているモノは違っても、手掛けた商品が世の中で役立つことに誇りを持っていました。また、少しでもお客様に喜ばれる良い製品を”というモノづくりへのこだわりも皆同じ。「新人の頃に先輩から『ずっと残るものだからこそ、満足せず、常に上を目指すべき』と言われていました。」と大垣は振り返ります。「突き詰めればキリがないです。」という、小倉の言葉には長年携わってきた者にしかわからない重みがありました。

先輩から受け継ぎ、磨いてきた技術を次の世代に繋いでいきたいとのこと。「商品の寿命は20年~50年ほど。また同じものを求められたとき、うちがやらないと他ではできないですから。」使命感を持ってモノづくりをしている住江織物のルーツを垣間見られた訪問でした。

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【訪問を終えて】
6月27日、取材協力のため、丹後テクスタイル(株)を訪問。CSR推進室が用意した「住江織物60年史」を事前に読み込み、前身の網野工場が発足した経緯、著名な建造物(カーライル・ホテルや豊明殿)への納入意義など、歴史の重みや工場の存在意義を感じ当日を迎えた。職人さんたちとの面談で強く感じたのは、技術は過去から確実に伝承されており、製品に対する“想い”は、今も昔も共通しているということ。それはまた、誇りのように思えた。この誇りこそ「変わってはならない本質」であり、「大切にしていかなくてはならないもの」なのだろう。 (秋山 裕義)

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