住江織物創立百周年記念サイト~住江物語り~

スミノエの歴史的織物から感じるのは新しい時代をひらいていく気慨ロバート キャンベル

ロバート キャンベル氏が語っている様子

キャンベル政党政治の議会をするイギリスのように党首演説で民を導くというよりも、モノを先に作って、それに負けないように、自分をその地点に運んで鍛えていく気合、気負いがこの時代にありました。明治20年代の帝国議会議事堂を描いた錦絵、浮世絵などを見て、絨毯や緞帳は大変ケバケバしい色だろうと想像していましたが、今回サンプルを拝見したところ、品格があり安心しました。(笑)
吉川国を変えようと思ったら、形をまず見せないといけない。まったく違う世界に入っていくという覚悟を促すわけですね。そして文化性の高い人が海外へ行って、同じ原色であってもノーブルな表現などを学んできて啓蒙する。そういったことがなければ、チンドン屋さんみたいなハデな感覚になったかもしれません。(笑)帝国劇場椅子張
キャンベルその通りですね。早い時点から日本的な風情あるもの、日本の風土にあったものと、欧米から直輸入したものを融合させていきましたね。国造りのゼロ地点で、主要な建築物の絨毯を住江織物という会社は作っていったわけで、伊藤博文など歴史上の人物も実際にその上を歩いたわけですね。
吉川帝国劇場の場合、西洋のイメージを取り入れながら、演目は日本のものもやっている。力技で洋と和を調和させたと言いますか…。

キャンベル帝国劇場が竣工したのは明治44年。その前、明治20年代にできた歌舞伎座に対抗する立派な西洋劇場の第一号と言ってもいいかと。その中でもオペラとか、芝居もやりますし、伝統的な行事もあり、日本の劇場ですから、日本の衣装をそこにどういう風に取り入れるかということを考えてやっている。住江織物が大正4年に納めた椅子張地の模様、これもとってもお洒落ですね。感触もいい。
吉川日本らしさをちょっと押し込んでいる(笑)ような気がします。
キャンベルそうですね。逆にそれがモダニズムにもなっている。第一次世界大戦に入る前のイタリアとかオランダの町でモダニズムが起こり、ミニマルといいますか装飾性を削ぎ落していくことが流行りだした頃の意匠は、いまから見るとモダンに見えます。日本の伝統的な意匠を近代化した感覚と、ヨーロッパの最先端のデザインとが一番接近していたのがあの時代。これは古びてないですね。絨毯があり、こういう張地の椅子があることによって、音の聴こえ方が変わったり、空間の質感が左右されたり、公共的か娯楽的かなど大きく左右されます。それが、百年のスパンの中でそれぞれの時代に、日本人が自分の居住空間、商業施設、政治の場を、単に荘厳に飾るだけでなく、その本質にも深く関わっていくところで苦心して住江織物という会社が磨かれていったと思います。大阪市電シート地
吉川日本で最初に公営による市電が走ったのが大阪なんです。大阪は、かつて天下の台所と言われて非常に豊かでした。 市電の座席の張地には大阪市のマークである澪つくしがデザインされています。その後、市章を市電のシートにあしらうことがブームになりました。大阪には、日本での「初モノ」が多い。大阪人のプライド、地域の意気込みがこの辺に出ています。
キャンベル大阪市の紋章をシートにしてしまうという大胆な発想!
吉川赤い色は、「これから飛び出していくんだぞ!」という気合いがこもっています。

ロバート キャンベル氏と吉川一三氏が語っている様子 キャンベルこれは大阪だな!(笑)東京の人は謙虚といいますか、渋いといいますか。やはり、あれだけの人口が押し合いへし合いしている中で、あんまり誇張、強調した色とか柄はなかなか続かないというところがある。大阪に来ると、私なんか、解放されている。(笑)
吉川そうですね。大阪には全国から人がやって来ましたが、東京ほど地方からの人口集中はないので、大阪人の色が濃く出せるというか、わがままができるのですね。
キャンベルそうですね。大正時代のモダニズムは大阪では非常に先端的でした。大正大阪モダンと呼べるくらいデザイン性が抜群にいいですね。 ところであの戦艦大和の艦長室のためのカーペットを当時納入されたというエピソードには感動しました。
吉川広島県呉市にある大和ミュージアムに、近々、艦長室のカーペットのレプリカを寄贈する予定です。

キャンベル戦艦大和 艦長室 カーペット戦後も、皇居の豊明殿とか何年もかけて大きなプロジェクトを手がけたり、伊勢神宮の式年遷宮ではそこで使われる装束の裂地まで納入されています。普段の業態の中で日常の仕事との区分けはどのようにされていますか?
吉川工業化による大量生産、徹底した合理化を行い、生産性を追求していかなければ現代のビジネスとして成り立ちません。ただ伊勢神宮の式年遷宮といったプロジェクトは、別物になります。百年続いてきた企業として、公式なプロジェクトに参画することも責任の一つだと考えています。
キャンベル宮殿であれば全世界のリーダーたち、もちろん日本の大臣、内閣はじめ各界のリーダーたちが訪れる重要な場ですよね。採算を度外視して、それを責務として全うする。そういった経験は会社にとって、社員にとって、何か大切な意味を持つと思います。

吉川精神的な正道を歩むということが一番大事なんですね。海外の要人が来て皇居の宮殿や伊勢神宮に触れたとき、なんだこんなもんと軽んじられたらいけません。工業社会の中でも同じことが言えます。浮利を追っかけてはいけない。絶対、お客さまを騙しちゃいけません。お客さまの期待を裏切ってはいけない。その単純なことを忘れなければ、会社の存続はそんなに難しいことじゃないと思います。
キャンベル住江織物の歴史についていろいろ聞かせていただいて面白かったです。さきほど工業化という話がでましたが、その辺のお話をもう少しお聞かせください。
タフトン見本帳 吉川カーペットはもともと高級品、贅沢品でした。大衆社会になって、畳の上にでも敷けるカーペットを安く作ろうと考え、昭和31年に「タフトン」という商品を世に出しました。これが日本でのカーペットの大衆化の突破口になり、会社が一気に工業化していきました。
キャンベルこれが「タフトン」!色がとても鮮やかで、ポップですね。
吉川幅広い人々に大量販売をしようとすれば、パッと目を惹いて、買おうかなと衝動を起こしていただくことが必要です。一番売れた色はゴールドです。今は圧倒的に白かベージュが売れますが、当時は圧倒的にゴールドでした。それが10何年続きました。
キャンベル面白いですね!飽きがこない色なのかもしれませんね。
吉川畳より豪華に見えたのがゴールドだったのでしょうね。