時代・人・くらし。エピソードで織りなすスミノエ百年緞通ものがたり。
大正

大正モダンに華を添えつつ文化・芸術のステージへ。

生活水準の向上と洋風化にともなって、インテリア織物が時代のトレンドの一つになった大正時代。
村田工場は活況を呈し、最大の顧客であった国鉄からのオファーの拡大にともない、それまでの手織機から近代的な力織機への移行の機運が高まってきました。

住江織物合資会社の創立
 新しい時代に対応するため、個人事業から法人化への機運が高まり、1913(大正2)年、村田家と髙島屋飯田家の共同出資による「住江織物合資会社」が誕生。法人としての住江織物の百年の歴史の第一歩が印されました。
 初代社長には村田伝七が選出され、支配人には後に第2代社長となる益子勇雄が就任しました。

住江織物合資会社 当時のイメージ

社名“スミノエ”の由来

合資会社の社名を「住江(スミノエ)織物」と名付けた由来は、工場の所在地が、百人一首、藤原敏行朝臣の

住の江の 岸による波
よるさへや 夢の通ひ路
人めよくらむ

の名跡「住之江の浜」にほど近く、そのゆかりにちなんだもの、と伝えられています。
いかにもインテリア産業の名にふさわしく、ロマンの香りに彩られた命名でした。

ドイツ、イギリスから技術と力織機導入
 1913(大正2)年、ドイツ・イギリスから技術と力織機を導入し、日本で初めて機械織モケットの製造に着手し、国鉄1等車、私鉄のシート地に採用されました。
 1916(大正5)年には、力織機によるカーペットの製造も開始しました。

1916(大正5)年、力織機によるカーペットの製造開始

帝国劇場
 1915(大正4)年、帝国劇場に椅子張地を納入。
 1966(昭和41)年の大改装でも、当社の椅子張地が採用されています。「帝劇」の愛称で広く親しまれているエンターテイメントの殿堂で、シートの手触りや座り心地の良さが、舞台の感動を支えてきました。

帝国劇場舞台イメージ

宝塚大劇場
 兵庫県宝塚市栄町で1924(大正13)年に誕生した宝塚大劇場の座席数は3500余り。現在にいたるまで、当社が椅子張地とカーペットの納入を続けています。
 タカラジェンヌに憧れ、ヅカファンたちが座ったシートには、舞台のスターたちの栄光の歴史を見守り、支えてきた住江織物のメモリーも織り込まれています。

開設当初の宝塚大劇場のイメージ写真