時代・人・くらし。エピソードで織りなすスミノエ百年緞通ものがたり。
明治

明治の名だたる建物にカーペットを納入。近代国家日本のイメージづくりに貢献。

帝国議会議事堂
 村田工場のハイレベルな技術に着目していた髙島屋は、明治政府より用命を受けた帝国議会議事堂のカーペットの製造を村田伝七に発注。
 1891(明治24)年、村田工場は日比谷に建設された旧議事堂開設時にカーペット納入という大事業を果たしました。
 1936(昭和11)年に竣工した現在の国会議事堂の内装織物も受注し、「赤い絨毯」や本会議場の椅子張地などを納入しました。

帝国議会議事堂の写真

当社初の“知的財産”
 研究心旺盛な村田伝七は、1890(明治23)年、ウィルトンカーペットを模して、わが国ではじめて絨毯をつくり、1892年に特許を取得。倭織(やまとおり)と命名されました。

ウィルトン織りとは?
 18世紀中期、イギリスのウィルトン市で初めて作られた機械織り。19世紀には、ジャカード(紋紙)を用いて、2~5色のパイル糸を使い、多種多様なデザインが可能に。しっかりとした高級感あふれる仕立ての織りです。

ウィルトン織機のイメージ写真

モケットの心地よさと、特色あるデザインで市民の“足”をより楽しく演出。

路面電車
 1895(明治28)年、京都に走り始めた路面電車は、市民の足として各地に広がりました。当社がシート地のモケットに「市章」をデザインすると、全国的なブームに。大阪市の路面電車には市章である澪(みお)つくしをデザインしました。

京都市電のロゴマーク
難波橋と大阪市営電気鉄道の様子

国鉄
 1870(明治3)年3月に政府は、鉄道事業を開始。当時の客室の座席は、上・中・下と区別され、上等車と中等車には、輸入モケットが使用されていました。その後、「国産品を」との用命が髙島屋にくだり、製作を当社が受注。1896(明治29)年、シート地として日本で初めて手織りによるワナモケットの製作に成功し、1899(明治32)年、国鉄のシート地に採用されました。

住吉工場建設
 社会のインフラづくりにつらなるビッグな案件を次々にこなしてきた村田伝七は、1903(明治36)年、後の大阪市住吉区に土地を求め、さらなる発展に備えました。当社の主力工場として長年活躍した住吉工場のスタートであり、日本のインテリア産業の揺籃の地となりました。住吉工場は次第に発展して拡張・増築を重ね、そのレンガの煙突は工場のシンボルとして親しまれました。

レールをデザインしたシート地

モケットとは?
 フランスで考案された手織り物で、パイルを密に短く直立させた表面が特徴。肌触りがなめらかで、耐久性にすぐれた織物です。
 現在でもバスや鉄道車両のシート地に多く使われています。